今回は広島大学病院 歯周診療科 濵本結太 先生から、大事な歯のお話です!

みなさんこんにちは。梅雨の真っ只中でジメジメと過ごしにくい日々が続いています。
梅雨といえば、最も歯が多い生物はカタツムリだということをご存知でしょうか。
人間の歯とは形態が異なりますが、“歯舌”というおろし金に似た小さな歯が2万本以上あり、食物を削り取って食べるのに使われます。
しかも、これがサメと同じく何度でも生え変わります。歯を失うと二度と生えてこない私たち人間からすれば羨ましい限りですね。カタツムリは一生噛むことに困らないでしょう。

ということで、今回の糖尿病小話のトピックは咀嚼(そしゃく)と糖尿病についてです。

今や歯周病と糖尿病が密接に関連しているということが広く知られるようなり、皆さんの中にもご存知の方がいるかもしれません。
歯周病というのは歯茎の周りに限局した炎症で、体全体でみると血液検査の数値にも影響しないようなとても小さな炎症です。
しかしその小さな炎症が、インスリン抵抗性を引き起こすほど全身影響を与えることがわかっています。これは歯周病の“炎症”という側面から考察された事実です。

一方、歯周病は“機能障害”という側面を有しています。
つまり歯周病になると歯がぐらぐら揺れ、ひどい場合は歯が抜けてしまい、咀嚼しにくくなってしまいます。
物をよく噛めないと自然と繊維質の野菜などを避けるようになり、結果的に麺類などの柔らかい糖質の食物を摂取する機会が増えます。
食事療法は糖尿病治療の第一歩と言われるほど重要ですので、咀嚼機能障害による食生活の乱れは気付かぬうちに糖尿病に悪影響を与えています。
実際に噛む機能が低下している人ほどHbA1cが高かったという報告があります1)
私自身も広島大学病院の糖尿病教育入院患者さんの歯科検診に携わる中で、歯周病や歯の欠損によりうまく噛めない状態が放置されている患者さんは少なくないと実感しています。
このような患者さんは、どんなに熱心に栄養指導を受けて高い意欲で食事療法に取り組んでも、努力に見合った結果が伴いません。
そのうちに食事療法が頓挫していまい、更に糖尿病が悪化する悪循環に陥ってしまいます。

図はグミを用いた食物粉砕試験の結果です。奥歯のかみ合わせが少ない人は食物を噛み砕くことができないことがわかります。

更に近年は、糖尿病であること自体が咀嚼機能を含めた口腔機能低下であるオーラルフレイルのリスクを高めている可能性が報告されました2)
また私たちの研究では、糖尿病神経障害を有する患者さんでは、歯の数や歯周病の有無に関係なく咀嚼機能の低下が認められることがわかりました3)
このような場合、噛みにくいことを考慮した食事内容の提案など新たなアプローチが必要になる可能性があり、これまで以上に歯科を含めたチーム医療が重要になります。

みなさんいかがでしたか。
糖尿病治療における咀嚼の重要性についてわかっていただけたでしょうか。
機能的に咀嚼するためには、まずは何といっても歯が揺れたり抜けたりするのを防いで健康な口を維持することが最も重要です。そのために必要なことは、毎日の歯磨きに尽きます。
使うだけで歯周病にならない歯磨剤や洗口液はありません。なってしまった歯周病を治す薬もありません。
ゆっくり歩むカタツムリのようですが、毎日の正しい歯磨きの継続という地道な作業が、実は最も重要で健康への近道であることを学んでいただけたら幸いです。

<引用文献>

1)     Masae Nakazawa, et al. Association of Glycosylated Hemoglobin A1c with the Masticatory Function and Periodontitis in Type 2 Diabetes Patients Hospitalized for an Education Program: A Cross-sectional Study. Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (J Jpn Soc Periodontol) 62 (2): 74-81, 2020
2)     Mitsuyoshi Takahara, et al. Association of obesity, diabetes, and physical frailty with dental and tongue-lip motor dysfunctions in patients with metabolic disease. Obes Res Clin Pract 15(3):243-248, 2021
3)     Yuta Hamamoto, et al. Masticatory dysfunction in patients with diabetic neuropathy: A cross-sectional study. PLoS One 17(6):e0269594, 2022