今週(11/8~11/14)は全国糖尿病週間です。今年も世界糖尿病デーにちなんだお話を、杉廣貴史 医師よりお届けします!

昨年11月の糖尿病小話では11月14日の「世界糖尿病デー」の由来を紹介しました。「世界糖尿病デー」はインスリンの発見者フレデリック・バンティングの誕生日に因んで制定されましたが、今年はそのインスリン発見から100年になります。それを記念して様々なイベントが開催されてはいますが、コロナ禍の影響でやや盛り上がりに欠けているのが残念でなりません。今回はインスリン発見100周年を記念してその歴史を紹介します。

インスリンは1921年に初めて犬の膵臓から抽出されましたが、人に対しては、牛の膵臓から抽出したものが1922年に初めて投与されました。その後、豚、牛の膵臓から抽出したインスリンが製品化され1型糖尿病患者が生存できる時代となりましたが、動物由来のインスリンでは作用面やアレルギー反応など様々な問題点がありました。なお、畜産資源の少なかった日本では1941年~1968年まで鮪や鯨から抽出されたインスリンが市販されていたそうです。

また注射を行う器具や制度にも問題がありました。使い捨ての注射器が開発されるまでは、ガラス製注射器や針を煮沸消毒し、繰り返し使用していました。日本においては医療従事者以外が自分に注射することは法律上認められておらず、病院でインスリンを打ち、残りは破棄したことにして、その瓶を持ち帰って自宅で打つようなことをしていたそうです。これに対し、1971年に日本糖尿病協会は11万4千人の署名を集めましたが、インスリンの自己注射が保険で認められたのは1981年のことです。

1980年代に入り、豚のインスリンから人のインスリンを合成する技術が確立されましたが、1型糖尿病患者が1年間に使用するインスリンを確保するには約70頭分の豚の膵臓が必要であり、将来の供給不足が危惧されていました。まもなく遺伝子工学技術を用いて、大腸菌やパン酵母を用いたヒトインスリンの大量生産が可能となり、問題は解決されました。

1988年に、ペン型のインスリン注射器が登場しました。これにより、瓶からインスリンを注射器に吸い取り、空気を抜いて、単位を合わせて打つという面倒な作業から解放されることになりました。

安定した供給と注射器具の利便性向上により、インスリン療法が2型糖尿病患者に対しても広がっていきました。

アレルギー反応の起きにくいヒトインスリンの大量生産が可能となり、安定した供給がなされるようになりましたが、作用面ではまだまだ問題がありました。ヒトインスリンは体内で持続的に分泌され作用しており、その生理的な作用を間欠的な皮下注射で再現することは困難だったのです。それを解決すべく、より早く効果の発現する超速効型インスリン、効果が持続する持効型溶解インスリンが開発されてきました。そしてより良いインスリン製剤を求めて、開発は現在も続いています。いつかは血糖値の高さに応じて作用する様なインスリンも登場するかもしれません。

糖尿病の薬物治療はインスリンから始まりました。現在では様々な糖尿病の治療薬が使われるようになりましたが、インスリン分泌の低下した糖尿病においては、今でもインスリンに代わる治療薬はありません。現在のようなインスリン製剤や注射器具の進歩は、私がインスリンを打ち始めた38年前には想像できませんでした。より良い血糖管理の為にインスリン療法を勧められた際には、注射だからと嫌わず、トライしてみてほしいと思います。